2016年10月6日木曜日

96 マリー・ベロック・ローンズ 「愛と憎しみ」 

Love And Hatred (1917) by Marie Belloc Lowndes (1868-1947)

マリー・ベロック・ローンズを強引に分類すれば、やはりメロドラマを書いた人、ということになるだろう。「愛と憎しみ」なんてタイトルを見てもそれはわかる。

しかし「愛と憎しみ」が興味深いのは、これが典型的なメロドラマでありながら、近代的なミステリにおそろしく接近しているからである。ほんのちょっとの発想の転換、つまり形式的な転換が行われれば、立派な本格ミステリになる。本格ミステリを構成する素材はすべてそろっているのだ。

たとえばこの作品を本格ミステリに変えるとするならこうなるだろう。

スコットランド・ヤードに一人の婦人がやってくる。彼女は不思議な手紙を警部に見せる。彼女の夫は銀行家(ペイヴリイ)で、先週出張に出かけたまま予定日を過ぎてもまだ帰ってきていない。するとこのような手紙が来たというのだ。そこには「私は銀行家のペイヴリイ氏と仕事の話をするために私の事務所で会った。ところがそのとき私が拳銃を不用意に扱ったために暴発し、ペイヴリイ氏を撃ってしまった。警察を呼ぶべきであったのだが、自分は外国人でリスボンに行かねばならぬ急用もあった。それでこの手紙で事故をお知らせする」と書かれてあった。

スコットランド・ヤードは最初いたずらだろうと思ったが、調べて見ると本当に銀行家の死体が手紙に書かれた事務所で発見された。しかし銀行家を撃った外国人は見つからず、検死審問でも陪審員団は、銀行家の死因には疑問が残るので問題の外国人を見つけ出すよう警察に強く要請する、という評決を下した。

外国人の行方は杳として知れず、一年が経つ。銀行家の幼なじみであったある女性は、彼が死ぬ直前に彼と歩いたヨークの町を、もう一度歩いてみる。そして感傷的に彼との思い出を振り返るのだ。ところがそのとき、彼女はある非常に小さな事実を思い出す。一年前、ちょっと不思議に思ったが、すぐに忘れてしまったある出来事だ。それに気がついた途端に事件の様相がまるでちがって見えてくる。彼女は謎の外国人を知る、あるビジネスマンに会う。このビジネスマンは彼女から事件のことや、事件の関係者について詳しく話を聞いて、ずばりと事件の真相を見ぬく。謎の外国人とは、じつは銀行家の妻の弟と、銀行家の友人が代わる代わる変装してつくりあげていた架空の人物だった……。

おそらくこんな具合に物語を書き換えることができるだろう。もちろん実際の物語はメロドラマであるから、タイトル通りの愛憎劇が最初から最後まで展開する。妻を愛することができず、密かに幼なじみと関係を持つ銀行家。そんな銀行家を憎み、彼の妻に強い思いを寄せる若き実業家。銀行家と義理の弟との確執。じつにどろどろした人間関係を読者は見ることになる。事件の真相が露見してからのストーリーも、結婚、そして突然の自殺というように、読者を驚かせ、その感情を揺さぶろうとする、じつにメロドラマらしい展開だ。

しかしこの作品は本格ミステリまであと一歩というところまで迫っている。こんなふうにメロドラマが本格的なミステリに急接近した作品は「ありうる」と思っていたが、このブログが終わるまでのあいだにそれを見つけることができたのは幸運だと思う。そう、あとは形式的な転換さえ行われればいいのだ。もっともこの転換は質的な飛躍であって、そう簡単になしとげられるものではない。しかし絶対に不可能というわけでもない。ジェイムズ・ジョイスが「スティーブン・ヒーロー」から「若き芸術家の肖像」を生み出したように、決定的な転換はなにかがきっかけで短期間に起こなわれることもあるのだ。

私はこの作品を読んでベロック・ローンズの作品をすべて読み返したくなった。私の読んだ範囲では、彼女の作品は基本的にメロドラマである。しかし奇妙に読み手を不安にする要素があり(疑惑とか超自然的な力とか)、どの作品においても独特のサスペンスがじわじわと拡大していく。展開が遅いと感じる人がいるかもしれないが、しかし細部を読む訓練を積んだ人なら、この wordy さはかえってスリリングな体験を与えてくれるはずである。私は彼女の傑作「下宿人」を翻訳し、パブリック・ドメインに公開しているので、興味のある方は右のリンク先からダウンロードして読んでいただければ幸いである。ジャク・ザ・リッパーの事件をもとにしたこの作品は、つい最近に至るまで何度も映画化されているが、それだけ想像力を刺激する作品である。ハヤカワからも訳が出ているけれど、あれは誤訳のオンパレードなので私が訳し直した。もちろん無料である。