2016年4月25日月曜日

番外11 宇野浩二 「西遊記物語」

以前「西遊記」が読みたくなって近代デジタルライブラリーをあさったことがある。いろいろな人が翻訳・縮訳していて、ほとんど全部に目を通したと思うが、その中で二つが傑出していると思った。一つは大町桂月が「校訂」した「西遊記」、もう一つは宇野浩二が子供向けに語り直した「西遊記物語」である。

桂月の一編は文語文で書かれているが、躍動感を内に秘めた名文で、これが傑作でないなら鴎外の「即興詩人」も傑作ではない。悟空が混世魔王を倒す一節を引いて見る。

悟空是を聞き終つて忽ち身を聳て雲上にのぼり、北の方へ飛び行き、はるかに四方を見渡せば、嶮山の間に物の聲あり。頓て雲を下りて伺ふに、一つの水臓洞あり。門外にあやしの小鬼たはむれあそび居たりしが、悟空を見て大きに驚き、我先に門内に逃入るにぞ、悟空大音に呼はりけるは、儞等走ることなかれ、我は是花果山水簾洞の主、儞が家の混世魔王我が眷屬をあなどる由、特に來つて仇を報ず、早く出でゝ我と鬪ひを交へよと罵りけるを、かの魔王ほのかに聞きて甚だ憤り、身に金盔鐵甲を着し大の刀を手に握り、門外へ走り出で、水簾洞の主はいづくに在る、はやく來つて死を快くせよと、大聲一喝山谷を動搖せり。悟空口を開いて呵々と笑ひ、儞眼大なりと雖も我が此所にあるを見る事能はず。魔王も又大きに笑ひ、あな無慙や儞が身纔に四尺に滿たず、來つて我に鬪はんとは、卵を以て大石にあたるがごとし、みよ〳〵唯今粉のごとくなし捨てんと、大刀を振つて斬つてかゝる。悟空其時身外身の法をつかひ、身内の毛一把を抜いて口に含み空に向つて噴出だせば、忽ち三百有餘の小猿と化し、かの魔王が身邊にむらがりかゝり、面部手足のきらひなくひしひしととりつきて、只一寸も働かせず。悟空則ち走りより、魔王が刀を奪ひ取り兩段に斫つて捨て洞の中へかけ入つて眷屬どもを殺し盡し、魔に生取られし小猿等をたづね出し、水洞を燒きて再び雲中に身を投じ、水簾洞にぞかへりける。

文語文に特有のリズムのよさ、漢語の力強い、ひきしまった表現が光っている。読みながらひさしぶりに子供のようにわくわくした。

宇野浩二の一編は昭和二年にアルス社から「西遊記・水滸伝物語」として出たもので、こちらは淡々とした筆致で書かれているが、無駄なく、要領よくまとめられていて、児童が読む、あるいは児童に読んで聞かせるには格好の本である。宇野が児童文学の面でも立派な仕事をしていることを、私ははじめて知った。

上記二作ををこつこつと電子テキスト化しているのだが、宇野浩二のほうが入力を終えたのでepub3形式で公開しようと思う。ただし原文では総ルビになっているが、epub版では作業が面倒くさいので一部にしかルビは振っていない。旧かな・旧漢字に慣れている人なら問題なく読めると思う。

 
 ダウンロードはここをクリック。(ファイル名 saiyuuki_monogatari 609kb)


文字について一点おかしなことに気がついた。本文中に口へんに牟と書いて、「うん」と読ませる漢字があるのだが(哞)、Chrome 系のブラウザで使える Readium や Firefox で使える EPUBReader ではちゃんと表示されるのに、Kobo Aura H2O のビューアーではこれが別の字に化けてしまう。私は H2O には Koreader をインストールしているのだが(英文を読むのであれば、Koreader のほうが読みやすい)、こっちのほうではちゃんと「うん」の字が表示される。よくはわからないが、フォントの問題ではなく、ビューアーのシステム内部の問題じゃないかと思う。H2O は水に潜る閉水の術を体得しているようだが、如来さまのありがたい呪文の文字を表示できないとは、まだまだ修行が足りないようだ。

(ほかのビューアーでも同様の問題が生じるかもしれないが、もともと私用につくったファイルなのでその辺はご容赦願いたい。)