2016年4月24日日曜日

55 マックス・アフォード 「天国の罪人たち」

Sinners in Paradise (1947) by Max Afford (1906-1954)

マックス・アフォードはオーストラリア人で、もともとはジャーナリストだったのだが、ラジオドラマや戯曲を書いて有名になり、さらにミステリもものした人である。

本書にはアフォードの語りのうまさがよく示されている。登場人物にはそれぞれ過去があって、それが順次語られていくのだが、すこしも煩瑣な印象を与えず、かえって面白く読めるのである。また暗い情念の物語が、コバルト・ブルーの海や、明るく原色にあふれかえる熱帯の島パラダイス・アイランドで展開されるという対比の妙もいい。最後に、殺人事件の犯人が論理的な推理によって指摘されるという、本格派のミステリになっている点もすばらしい。いや、本当のことを言えば、犯人が思う通りの痣が身体につくかどうかは、ちょっと疑問があるのだけれど、しかしそういう細かいことはここでは問題にしないことにする。私はよくできた作品だと思って感心した。

主人公はロバート・モルトという四十九歳の作家である。彼はミステリを書いているのだが、息抜きに妻と海の旅に出かける。船は一万トンのメデューサ号で、シドニーを出発してパラダイス・アイランドへ向かい、そこでさらに客を乗せる予定だった。

モルト夫妻はごく普通の中年夫婦だが、同船しているほかの客はなんだか妙な連中ばかりだ。ミス・ハーランドという女性は病人らしいが、ほかの客の前にまったく姿を見せない。というより、姿を隠している。彼女を診ている医者キングズレイは良識的な人のように見えるが、自分の妻の写真に熱烈にキスした後、燃やしてしまうなど、不可解な行動を取る。ミセス・シアラブは甥のレッドモンドを連れて旅行しているが、二人の関係はただの叔母、甥の関係ではなさそうだ。

パラダイス・アイランドに着いてから人間関係は緊張の度合いを加える。この島でじつに不愉快な男、スキナーが、乗客に加わるからである。彼は他人のスキャンダルをすばやくキャッチし、それをネタに脅迫することをなりわいにし、ついには億万長者にまで成り上がった男だ。彼はみんなから怖れられ、嫌われる。彼の召使いからも、共同経営者からも。

しかし嫌われているにもかかわらず、スキナーはこの小説の中でいちばん印象深い人物である。彼は警察署の一介の署長から、権力を握りたいというその一念だけで、現在の地位まで上り詰めた男である。その容貌はこんなふうに描かれている。
彼は老いていた。それが彼らの第一印象だった。老いていて、黄色く皺が寄っている。しかも猥褻なまでにやせ細っている。黒っぽい皺くちゃの服の中に縮こまっているその身体は、まるで繭の中で早すぎる死を遂げたさなぎのようだ。顔は突起物――眉、ほお骨、顎――のある仮面で、突起物の上にきつく張られた羊皮紙のような皮膚は光を受けてかすかな光沢を見せた。突き出た眉の下には、深くくぼんだ、小さく、抜け目のない、貪欲な眼がある。ロバート・モルトが見たこともないような、冷たく、暗く、生気のない眼だった。
生のわきあがるような歓びなどには完全に背を向け、他人を制圧することだけに一生をかけた男の、なれの果ての姿がここにある。陽光と熱気とあざやかな色合いに満ちたパラダイス・アイランドにおいて、彼は一人だけ暗闇と冷気と褪せた色彩に包まれている。この物語に描かれる暗い情念は、ことごとくこの男の姿の中に収斂している。

スキナーはある晩、バスタブの中で死んでいるのが発見される。医者は心臓発作だと診断したが、死の状況に不審を感じたミステリ作家のロバート・モルトは、それがじつは殺人であることを突き止め、その犯人を見事に指摘してみせる。

船の旅に集まる客は、最初のうちはつながりをもたない、ばらばらの人間のように見える。彼らの過去が語られても、個々別々の物語が語られているように見える。しかし次第にそれらの物語の先端部分が結び附き合い、最後には全体として、奇怪で複雑なアラベスク模様を描き出す過程は、なかなか面白かった。

また、本書には変装とか降霊術とか、いろいろメロドラマ的な仕掛けを用いられているが、しかし古くささはまるでない。やはりヴィクトリア朝時代にはなかった要素、たとえば共産主義とかスパイとか世界大戦などといったものがそこに織り込まれているからだろう。古い革袋に新しい酒を盛っているというわけだ。