2016年4月21日木曜日

54 ニール・ゴードン 「シェイクスピア殺人事件」

The Shakespeare Murders (1933) by Neil Gordon (1895-1941)

総じて見れば平均的な作品なのだろうが、私は本編をかなり楽しく読んだ。シェイクスピアやベン・ジョンソンといった、一六世紀の英文学に親しんだ人は、本編の謎解きに興趣を覚えると思う。

しかしまず主人公ピーター・ケリガンのことから話をしよう。彼は三十五歳の小柄な男で、十二カ国語を自由にあやつる。しかし教育のある男ではなく、幼い頃に両親を亡くしてからは、自分の才覚のみで生きてきた。すなわち悪いこともずいぶんやり、その方面ではかなりの顔利きなのである。父親がアイルランド人であったせいなのだろうか、悪賢い機転が利くだけでなく、ずいぶん口が達者な男だ。ある男に「おまえは何者だ」と訊かれて彼は「転がる石さ」とこたえる。
 「へっ! 手当たりしだい、苔を集めているのか」
  「そのとおり」
 「しかし今は宝探しをしているってわけだな」
 「親愛なるシャーロック、きみの巨大な頭脳がはたらくのを見ているのはじつに愉快だ」
こういう具合に人を食った受け答えが大の得意でなのである。ところが彼はスコットランド・ヤードのフレミング刑事ときわめて昵懇なのだ。二人の関係については本編よりも前に書かれた作品を読まなければわからないが、本編の中のケリガンの台詞を信用するなら、二人は幼なじみだったようだ。刑事は彼が小悪党であることを知っているが、事件を解決する能力に秀でていることも知っている。そこで彼をなかば警戒しながらも、喜んで警察と行動を共にすることを許すのである。

「シェイクスピア殺人事件」はクレイドン卿の邸の中で多種多様な人々が宝探しをし、その中で三人の人々が殺される話である。クレイドン卿の祖先は一八三〇年頃、インドから宝を持ち帰ったと伝えられている。それが美術品・工芸品の類いなのか、ダイヤなどの宝石類なのかは不明である。とにかく百万ポンドはしようという高価な何かを持って帰り、それを邸の巨大な図書室に隠したのである。当然、図書室はその後何度も調べられたが、壁にも床にもどこにも宝物は隠されていなかった。

ところが図書の整理のためにクレイドン卿が雇った図書館員が、先祖の残した秘密のメッセージを見つけ、それを解読し、宝のありかを知ったようなのだ。その図書館員はそのあと行方をくらました。

そこから宝探しが開始される。図書館員の失踪を偶然に知ったケリガンは、レディ・キャロラインというお婆ちゃんと手を組みその宝探しに参加する。この宝探しには四つのグループが参入する。ケリガンとレディ・キャロラインのコンビ、アメリカのギャング、クレイドン卿の娘とその恋人、そして美術商。クレイドン卿の邸内は虎視眈々と宝を狙う、こうした連中の暗躍でてんやわんやの騒ぎになり、最後はすさまじい銃撃戦が繰り広げられることになる。

さて、本編の白眉はクレイドン卿の祖先が残した謎のメッセージの解読にあるだろう。それはシェイクスピアの作品、おもに「ハムレット」からの引用で構成されている。この部分はいちばん面白かったので詳しいことは言わないが、シェイクスピアに親しんだ方には是非解読に挑戦してみてほしいと思う。私にはわからなかったが、愉しいことは請け合いである。シェイクスピアを読んだこともない無学なケリガンと、貴族らしく教養豊かなレディ・キャロラインのかけあいも爆笑ものである。

もう一カ所大笑いするのは、最後の銃撃戦の場面だ。アメリカのギャングが、シカゴ・スタイルの銃撃戦を、ほかの宝探しのグループと展開するのだが、なんとそこにレディ・キャロラインまでがショット・ガンを手に参戦するのである。
窓から身を乗り出している女が甲高く叫び、突然銃を肩の高さまで持ち上げると、ケリガンのほうに向かって発砲した。彼は身を伏せ毒づいたが、同時にうしろから苦痛のうめき声が聞こえてきた。エステバンが悲鳴をあげながら芝生の上をのたうちまわっていた。甲高い声が叫んだ。「そこをどきなさい、ピーター!」彼の命を救ってくれた銃の撃ち手はレディ・キャロラインであった。
ケリガンに向かって銃が発射されたようだが、じつは彼の後ろに忍び寄る敵を的にしていたというわけだ。お婆ちゃんまで銃をぶっ放すとは、じつに盛大で愉快な戦闘シーンである。

繰りかえし言うが、本書は決して優れた作品というわけではない。たまたま私の好みにヒットするものを持っていたというだけで、ミステリの出来としてはごく普通レベルである。