2015年11月14日土曜日

22 A.C.フォックス・デイヴィス 「モーレブラー家殺人事件」 

The Mauleverer Murders (1907) by A. C. Fox-Davies (1871-1928)

モーレブラー大佐は二十年にわたるインド勤務を終え、とうとうロンドンに戻ってきた。これからは悠々自適の引退生活を送ることになっていた。彼は相当におおらかな性格であるらしい。財産はかなりある。しかし彼にはお金の管理がさっぱりできず、法律にもうとい。弁護士から、この書類にサインを、と言われると、中身をあらためもせずに署名してしまうような人間だ。

この男の身に不思議な事件がふりかかる。彼には五人の子供がいるのだが、それが次々と殺されていくのである。長男で二十九歳のジャックは射殺され、ハーバートは喉をかききられ、ヘンリーは川で死体が発見され、ジョージも撃ち殺された。これらの殺人は一カ月おきの三十日に繰り返され、死体の首にはロープが巻かれているという特徴があった。

モーレブラー大佐は大慌てである。この調子でいくと、まだイートンに通っている末息子のアンソニーが次の三十日に殺されてしまう。そこで彼は名探偵デニス・ヤードレーを雇い、息子の安全を確保しようとする。

デニス・ヤードレーはもちろんアンソニーを絶対安全な場所に移して守ることもできたのだが、それではいつまでたっても犯人を捕らえることが出来ず、殺害の危険を逃れる根本的な解決策にはならないと考え、わざと犯人をおびきよせ、彼あるいは彼女を捕まえようとする。彼らはアンソニーを学校からモーレブラー家の屋敷へと連れて行き、周囲をヤードレーの部下や警官や番犬たちで堅固にかためた。

ところがこの犯人はただ者ではなかった。犯人は毒やら拳銃でアンソニーを殺そうとし、そのいずれの試みにも失敗するのだが、探偵や警察の猛烈な追跡を軽々とかわして姿を消してしまうのである。走るのも速いし、自転車も競輪選手並みにあやつるし、乗りながら後ろを振り返って銃で追ってくる犬を撃つのだから、超人的である。

探偵のデニス・ヤードレーはモーレブラー家に何か秘密があって、それが事件を解く鍵になるのではないかと考えた。その結果見つけたのが、驚くべき事実だった。なんと母方の家系をたどると五人の息子は正真正銘モーリタニアという国の王位を継ぐ資格を持っていたのである。

この作者は紋章学の研究家で、なるほどその手の専門家らしい想像力を展開しているが、しかしどうだろう。モーレブラー大佐がいくらおおざっぱな人だからといって、王族の末裔が自分たちの身分にまるで気づいていないなんてことがあるのだろうか。

この家系調査で判明したもう一つの重要な事実は、もしも五人の息子が死んだとすれば、彼らの従姉妹にあたるメリオネス公爵夫人がモーリタニアの王位を継ぐ正当な継承者になるということだ。

若くして未亡人になったメリオネス公爵夫人はじつに胆力のある傑物で、変装を用いて二人(あるいは三人)の人物を演じ分けていた驚くべき女性である。そして警察は彼女が直接手をくだしたのではないにしろ、連続殺人事件の首謀者ではないかと考える。つまり王位を継承するためにモーレブラー大佐の息子たちを殺していったのではないか、と。

このあとはメリオネス公爵夫人に雇われた辣腕弁護士テンペストと、なぜかデニス・ヤードレーが協力して真犯人を捜し出すという展開になるのだが、いやはや、これは世紀末から二十世紀初頭にかけて書かれた典型的な探偵物語、最後の最後までメロドラマチックな仕掛けが施された作品である。

犯人が物語の最終盤に入ってようやく捜査線上にあらわれるというのはミステリ・ファンとしては残念だが、詳細に描かれる二つの裁判の場面は悪くないと思った。殺人未遂で捕まったウエッブが弁護士の助けを借りずに自分で自分の弁護をし、証拠として提出された物品から見事な推理を展開する場面や、メリオネス公爵夫人の弁護士テンペストが、検察の主張をことごとく粉砕していくあたりはなかなか迫力もあり痛快でもある。ウエッブがベルトの穴の位置から、これを着ていたのは女であって、おれにはとうてい着られないと主張するあたりは、O.J.シンプソン裁判の手袋を思い出させる。今も昔も検察はこんな単純なことすらチェックをおこたっているのである。

作者はブリストル生まれの法廷弁護士であり、すでに述べたように紋章学の研究者でもある。ウィキペディアによると十四歳の時に教師を殴って放校処分になり、その後正規の教育は受けていないが、リンカーンズ・イン(法曹学院)に入学を認められ弁護士になったのだそうだ。ミステリも数冊書いており、後にはホルボーン自治区議長に選ばれている。