2016年7月8日金曜日

68 オールド・キング・ブレイディ 「探偵になる方法」

How To Be A Detective (1902) by Old King Brady (?-?)

以前フランシス・ウースター・ダウティーの「二人のブレイディと阿片窟」をレビューしたが、果たしてこの本の作者がダウティーと同一人物なのかはわからない。私はなんだかちがうような気がする。少なくとも私が調べた範囲では、ダウティーの著作であるという決定的な証拠は見つからなかった。このブログでは同一作者の本は二度と扱わない方針だが、本作はダウティーとは別人の著作としてレビューすることにしよう。

これは十九世紀末から二十世紀初頭にかけてダイムノベルを出していた出版社の本で、「ためになる」シリーズ(Useful and Instructive Books)の一冊である。本書のほかには、「海軍士官になる方法」とか「電気仕掛けの機械を作る方法」とか「黒魔術を行う方法」とか「エンジニアになる方法」とかがある。どれもティーンエイジャー向けの(それも男の子向けの)本である。

「探偵になる方法」は高名な探偵オールド・キング・ブレイディが、探偵になるための資質やら、よい探偵となるための心構えを具体的な事件を通して示したものだ。序文にはよい探偵になるための資質が十二示されている。

 一、不屈の勇気と健康。
 二、あくまで正直であること
 三、ちゃんとした教育。必要条件。
 四、外国語の知識。これがあることは非常に望ましい。
 五、相手の心理をすぐ読める能力。訓練しだいでのびる能力。最初は無理。
 六、辛抱強さ。
 七、人当たりのよさ。誰にでも気に入られる能力。
 八、容貌を変え、変装する技術に通暁していること。
 九、慎重に考える能力、証拠を検討する能力、そして外見にだまされない力。
 十、油断のなさ。
 十一、感情を制御する力。
 十二、常識・良識。
 
二を見ておやと思うかもしれない。「あくまで正直であること」がなぜよい探偵に必要なのか。じつは、ここで想定されている探偵稼業は、ピンカートン社のような探偵同士の共同作業を必要とする場なのである。どこかの名探偵のようにわかったことを最後まで隠しているようでは仕事に差支えが出てしまうのだ。

さらに三。教育がなぜ探偵の必要条件なのか。これは変装の技術に関係する。つまり教養のない人間はどうあがいても紳士のふりをすることはできないのである。しかし教養がある人間なら紳士にもなれるし、浮浪者のふりもできるというわけだ。もっとも本書の実話の中では、教養のある若手探偵が不良に変装するが、すぐにその育ちのよさを見破られてしまっている。むずかしいものだ。

七は、情報収集能力に関係しているといえば、すぐ理解できるだろう。

こうしたことを本文では実話をまじえながら説明していく。読み物としてそれほど面白いものとはいえないが、二つほど気がついことを書き付けておこう。

第一に、我々は探偵といえば推理の能力が大事だと考えるが、この本ではそのことはさほど重視されていない。よい探偵になるための資質として九番目に「慎重に考える能力、証拠を検討する能力」というのがあるが、これはエラリー・クイーンのような演繹的推理のことを言っているのではないのだ。なにしろこの頃はまだろくな教育を受けていない若者がぞろぞろいたのである。目に一丁字もない彼らは考えることが不得手であったが、しかしそれでは探偵はつとまらないと作者は言う。手がかりを得たとき、そこから何が考えられるか、常識を充分に働かせよ、と作者は忠告しているのだ。彼はけっして神のごとき推理力や直観力など期待はしていない。

第二に、作者の議論は「探偵/犯人」という二項対立を瓦解させるような、脱構築的契機を内に含んでいるのが興味深い。まず彼は探偵は特徴を持ってはいけない、と書いている。ホームズにしてもポアロにしても、名探偵と言われる人々は独特の風貌や癖を持っているものだが、本書においてはそうしたものは探偵の存在をきわだたせてしまうため避けられるべきものとして扱われている。たとえば犯人を尾行しているときなど、探偵は周囲に溶け込んで人目につかないほどよいのだ。

しかし周囲に溶け込み怪しまれないようにする、というのは、ちょっと考えればわかるが、じつはスリとか泥棒にとっても同じように大事な心得なのである。また変装したり、巧みに必要な情報を探り出すという行為も、悪党たちが犯罪を犯すときにやる行為なのである。本書の実例談を読んでも、探偵と犯人の区別がつかなくなるような場面が多々あらわれる。たとえば探偵が会社の金を横領した犯人を列車の中で捕らえようとするが、探偵に襲われた犯人は「泥棒だ!」と叫び、探偵のほうは「いや、こいつこそ泥棒なんだ!」と周囲に逮捕の助太刀を頼む。本書の最後の実話には、ギャング団を一網打尽にするために、探偵が悪者の振りをしてギャング団に加入する顛末が描かれているが、これなどは探偵の行為が悪者の行為と区別がつかなくなる典型的な例である。探偵が仕事を成功させようとすると、どうしてもみずから犯罪者の領域に足を踏み込まずにいられなくなる。下手をすれば探偵が犯罪者になることだってあるだろう。そういうあやうくくずれそうになる「探偵/犯罪者」という二項対立をかろうじて維持するもの、それがよい探偵になるための心得で最後に挙げられている「常識・良識」というやつなのである。