2016年6月29日水曜日

66 ジョージ・ディルノット 「容疑」 

Suspected (1920) by George Dilnot (1883- 1951)

本作は、ニューヨークのエドワード・J・クロウド社の版で読んだのだが、タイトルのすぐ下に「The Grell Mystery、The Maelstrom などの作者」とあり、混乱した。私はどちらの作品も読んでいて、よくできているので印象に残っている。しかしその作者名はジョージ・ディルノットではなかったはずだ。調べてみると The Grell Mystery と The Maelstrom はフランク・フロストという人の作品である。さらにディルノットについて調べてみると、彼はいくつかの作品をフロストと共著で書いているようだ。おそらく出版社はその辺の事情をろくに調べもせず、フロストとディルノットを混同してしまったのだろう。フロストにはいい迷惑である。ディルノットは凡庸なミステリ作家に過ぎないが、フロストは元は優秀な刑事であって、その経験を活かして手堅い、堅実な、しかし迫力のある物語を書いた人なのだから。

「容疑」は筋はだいたい次のようなもの。アメリカからイギリスに渡ってきたハロルド・サクソンは、戦争中に飛行機を製造して大儲けする。死の商人のひとりである。その彼がある日、自宅で胸にハットピンを刺されて死んでいるのを発見される。

この事件の解決に乗り出すのがスコットランド・ヤードのガーフィールド警部と、辣腕新聞記者のシルバーデイルである。

捜査の過程でシルバーデイルがびっくりするような手がかりを見つけた。彼が思いをかけている女性ヒラリーの写真が、ハロルド・サクソンの机から出てきて、彼が殺された凶器のハットピンが、ヒラリーのものと同じであることが判明したのである。

実をいうとヒラリーは、殺人が起きてすぐ直後にシルバーデイルに電話をしてきたのだった。そして「理由はなにも聞かないで。ただ私と私の友人を、誰にも知られないように、どこかに隠して」と頼んだのだった。

ハロルド・サクソンを殺したのはヒラリーで、彼女は逃亡をはかっているのだろうか。ヒラリーが事件となんらかの関わりを持つことを知りつつも、惚れた弱みで、シルバーデイルは彼女の要求を聞き入れ、車を用意し、叔母の屋敷へ彼女と彼女の友達を送ることにする。

ところがどうしたわけだろう、ヒラリーと友人は叔母の家には行かず、行方不明になってしまったのである。この時点でシルバーデイルはさらに驚くべき情報をガーフィールド警部から聞かされる。ヒラリーが殺されたハロルド・サクソンと結婚していたというのである!

ここまで読んだときは、それなりに手の込んだ、面白そうな作品だなと思ったが、しかしそのあとがどうしようもなく凡庸で、いいかげんだった。まるで現実味のない話が展開するのである。ネタバレしないように、あまり細かいことは言わないけれど、悪党どもがスコットランド・ヤードの捜査員たちの包囲網をやすやすとやぶってしまうところとか、万事において頭の切れる悪党どもの首領が、信じられないような勘違いを犯しているところとか、ハロルド・サクソンを殺した真犯人の動機がよくわからないこととか、とにかく「それはないだろう」といいたくなるような場面が多すぎる。話の組み立てが脆弱すぎるのである。

ミステリは大人の童話であるといったのは丸谷才一だったろうか。童話だからリアリズムのなさや、細かい齟齬には目くじらを立てず、ぼんやりと読めばいいという立場もあるだろう。(丸谷はそんなことを言っていたわけではないけれど)どうも作者のディルノットはそういうナイーブな読者を想定して書いていたのではないか。本書がシルバーデイルとヒラリーの結婚という、その手の作品にありがちなハッピー・エンドで終わっているところを見ても、そんな気がする。