2016年3月19日土曜日

47 ジョン・R・コリエル 「数百万ドルを盗んだ男」 

The Man Who Stole Millions (1900) by John R. Coryell (1848-1924)

ウィキペディアによると、探偵ニック・カーターが最初に登場したのは一八八六年九月十八日号のニューヨーク・ウイークリー誌上だそうである。タイトルは「老探偵の弟子、あるいはマジソン・スクエアの怪事件」。オーモンド・G・スミス原案、ジョン・R・コリエル作ということになっている。このシリーズが大人気となって、一時はニック・カーター・ウイークリーまで発行された。

三十年代に入ってザ・シャドウやドック・サヴェイジという新しいヒーローが誕生すると、その人気にあやかって一九三三年から三六年までニック・カーター・ディテクティヴ・マガジンが発行された。雑誌だけでなく小説も複数の作者によって書きつがれ、一九四〇年代からは十年以上も「名探偵ニック・カーター」というラジオ番組が放送されていた。息の長い人気を誇る探偵である。

三十年以降の作品はどちらかというとハードボイルドぽっくなるのだが、本書は一九〇〇年に出たもので、まだ古き良き活劇的な要素に充ちている。

私が Hathi Trust のウエッブサイトから手に入れたこの本には二つの挿話が収められている。最初のタイトルは「数百万ドルを盗んだ男」、二つ目は「殺人指名手配」である。まず最初の挿話。

ニューヨークのスティーブン・リロイという男は株で大損し、一攫千金をもくろんで西部に渡る。ホゼ・マリーナという男と一緒に、サン・ファン近くの鉱山の開発に手を出そうというのである。

彼は西部に渡った最初の頃はニューヨークにおいてきた妻に手紙を書いていたのだが、それが次第に間遠になり、ついに音信不通となる。そして妻はとうとう、夫が死亡したという通知を受け取るのだ。

さて、妻は弁護士とともにニック・カーターを訪ね、夫の死亡と、夫が鉱山に対して持っていた権利を確認してほしいと頼む。

この話が面白くなるのはニック・カーターが西部に行く途中、ホゼ・マリーナの奥さんに出会うところからである。彼女はリロイの奥さんと同じことを言うのだ。夫は西部に渡ったが、だんだん手紙が来なくなり、最後には音信不通になった。そして夫が死亡したいう知らせを受け取ったというのである。彼女はそれを確かめにニューヨークからわざわざ一人旅をしてきたのだ。

問題の炭鉱町に着いてから、ニック・カーターは同じく探偵のチックと力を合わせ、西部劇によく出てくるような荒くれどもを相手に活劇を展開し、事の真相を暴く。
 謎めいた対称性を冒頭で提示し、最後に示される真相も私の予想を裏切るもので、なかなか愉しい読み物である。

二つ目の挿話も出だしから興味を惹くように書かれている。ある日曜日の朝、巡邏警官が道を歩いているとギャンブル店(昔はそんなものがあったんだなあ)の二階の窓から経営者のアーヴィン・クラークが彼のほうを見ている。その容子が気になった彼はクラークの召使いとともに彼の事務室に入っていく。するとそこには死体が転がっているではないか。しかもそれは政府から要職に就くことを要請されたこともある名士クリフォード・ローレンスである。アーヴィン・クラークの姿はなかった。しかし部屋の中には隠れる場所はないし、ドアから出ていったことは考えられない。いったい経営者はどこに消えたのか。そしてなぜ名士のクリフォード・ローレンスは死んだのか。不可能犯罪を思わせる出だしである。

物語の語り口は例によって簡潔すぎるくらいに簡潔なのだが、話は意外なくらい込み入っていて、事件の真相も意表を突いている。ニック・カーターが困っていると都合よくチック探偵があらわれたり、確かにずいぶんご都合主義なところもあるのだが、謎自体はしっかり考えられていて、その解決も読者に「なるほど」と軽く膝を打たせるくらいは気がきいている。私は初期のニック・カーターものをはじめて読んだが、わかりやすい文章で、段落も短く、スピーディーに読むことができる。しかも物語に一定の工夫が凝らされているのだから、これなら人気が出るのも当然という気がした。

本ブログでは原則として長編のみを扱うのだが、世紀の変わり目頃に書かれたミステリとなると入手できる本が、多少数が限られてくる。本書は短編二編を収めた小さな本だが、なにしろニック・カーター、歴史的に名を残した探偵の本であるから特別にレビューすることにした。