2016年5月14日土曜日

58 エリック・シェファード 「続・女子修道院殺人事件」

More Murder In A Nunnery (1954) by Eric Shepherd (?-?)

作者は以前 Murder In A Nunnery という作品を書いている。修道院で殺人事件が起きるという話である。敬虔な修道生活と、血なまぐさい殺人の取り合わせ、修道女たちの意外な反応が面白いのだが、本編はその二年後に起きた事件という設定になっているようだ。この修道院には修道女が住んでいるだけではなく、七歳から十七歳までの女の子百四十名を集めた付属の学校もある。世界各国の有力者の子女がこの学校には集まっていて、修道院に住み込んでいるらしい。登場人物のほとんどは前作ですでに紹介済みなので、あまりくわしい説明はない。前作を読んでいないと、多少戸惑うことになるだろう。

これは本格的ミステリの全盛期が終わった後に登場した、ある種のパロディのような作品である。日本で言うと北杜夫の「怪盗ジバコ」とか小林信彦のオヨヨ大統領ものみたいなものだ。明るく、軽いタッチで描かれ、ユーモアに富み、ちょっとだけおセンチな場面があり、悪者のほうはというと、神出鬼没の大悪党であろうが、間抜けたコソ泥であろうが、いずれにしても漫画的に描かれる。

本書の事件は、南アメリカにあるとおぼしきアナコンダ国(!)に端を発する。この国を治めているのはエスカパドという男なのだが、彼は革命軍に追われ、ジャングルに逃げ込む。エスカパドにはアイネズという美しい娘がいて、彼女は本書の舞台ハリントン修道院に送られていた。アナコンダ国の革命軍は、統治者のエスカパドだけではなく、娘の命をも狙って、イギリスに刺客をさしむける。この刺客というのが超人的な身体能力を持っていて、暗闇でも目がきき、壁をやすやすとよじ登り、窓から建物に侵入してくる。

修道院の院長はアイネズの命が狙われていることを知り、警察およびスコットランド・ヤードに応援を依頼する。かくしてハリントン修道院を舞台に、アナコンダ国革命軍の刺客たちとイギリス警察が激突することになる。

これは、もう、大笑いして読む本である。文章もじつにユーモラスで、たとえば女性警官オリーブがミスタ・アルフレッドとその妹ルルに事情聴取する場面はこんな具合に書かれている。
 警官の質問に対するミスタ・アルフレッドの返答:その通りである。今考えてみると、おっしゃる通りである。わたしがハリントンに住んでいると聞いて、スミスは、いい下宿はないか、と尋ねてきた。
 ミス・ルルの自発的発言:そのようにまるめこまれるのは、まことに兄らしい。彼はいつもその手でやられるのである。わたしに言わせれば、頭が悪すぎるのである。幸いなことに、そのような特徴はわが家系において男の側にしかあらわれていない。
 ミスタ・アルフレッド:黙れ、ルル。
 ミス・ルル: なにさ。フロッシーにふられたのはどうしてなのよ。脳タリンて言われたくせに。
 秩序が回復されたのち、オリーブ警官はパースリー夫人に質問をした。
また、アナコンダ国革命軍が修道院に大襲撃をしかけてきたとき、反撃の立役者となるのは警察ではなく、修道女たちなのである。マザー・ペックは、ドアを手榴弾で吹き飛ばされ、トミー・ガンを携えた革命軍に押し入られるが、いつも手にしている大きなものさしで銃口をぴしりと叩き、「こんなことは許されないわ。いったいどういうつもりなの! 言うことをきかない男の子が徒党を組んで、ほかの人たちをおどかすなんて! 鞭で打ってこらしめますよ――」と叫ぶのだ。警察はそれを見て泡を食ったように彼女のそばにかけより、銃弾に当たらないよう、床に伏せさせるのだが、それでもマザー・ペックはものさしを振り回して、革命軍の一人のすねを打ち、彼を戦闘不能状態にしてしまうのである。

きわめつけは、戦闘の混乱の中、修道女たちが聖体を守ろうとする場面だ。さっさと逃げればいいのだが、聖体器を見ると彼女たちは宗教的恍惚にひたり、聖歌をうたいつつ行進してしまうのである。いやはや、ここまでくると笑いを通り越してあきれてしまう。

これはじつに生きのいい物語だ。学校の生徒たちの会話もティーンエイジャーらしい溌剌としたものだし、方言も各地のローカル・カラーを出していて楽しい。ただしもう一度繰り返しておくが、先行作を読んでいないとこの面白さは十分に伝わらない。

作者のことはよくわからないが、あるサイトによると作者の女の姉妹は修道女で、修道院の内部のことは正確に描かれているらしい。