2016年2月20日土曜日

41 メイヴィス・ドリエル・ヘイ 「サンタクロース殺人事件」 

The Santa Klaus Murder (1936) by Mavis Doriel Hay (1894-1979)

この作者は一九三〇年代にたった三作だけミステリを書き残している。Murder Underground (1934) と Death on the Cherwell (1935)、そして本書である。彼女はもともとはハンドクラフトの専門家で、上流階級と縁戚関係があって、貴族の家で作品の展示などを行っていたようだ。
ミステリの黄金期のほんの一角を担っているに過ぎない作者ではあるけれど、本書はじつに堂々たる本格ものである。イギリスのとあるお屋敷にクリスマスを祝うために親族が寄り集まる。客の数は総勢十六名、屋敷の主ともとからその屋敷に住んでいる娘を含めると十八名。もちろんこれだけのお屋敷だから、運転手とか女中とか庭師とか料理人もいる。イギリスのお屋敷というのはホテル並みに部屋数があるのである。ロバート・アルトマンの「ゴスフォード・パーク」などを見るとそのあたりのことがよくわかる。あの映画は時期的にも本作の舞台と重なるところがある。

事件は次のようにして起きる。館の主であるサー・オズモンド・メルベリーは、子供たちとその家族等を招いてクリスマスを盛大に祝おうとする。彼はクリスマスの日に招待客全員、および使用人へもプレゼントを渡そうとするのだが、それを彼のお気に入りの若者オリバー・ウイットコウムにサンタクロースの恰好をさせてやらせることにする。お気に入りの若者というのは、サー・オズモンドは彼を娘のひとりと結婚させたがっているのである。

さて、サンタクロースの衣装を店から取り寄せるに当たってちょっとした不都合が生じていた。店側はとっくに商品を発送したといっているのだが、それが館には届いていなかったのである。クリスマスの時期で、郵便が混乱しているのかもしれない。とにかくサー・オズモンドは至急べつの商品を送るように命令する。

これだけでミステリを読み慣れた人なら、ははあ、と思うだろう。「それ」に気がつけば、犯人を予測することはさほど難しくないはずである。

しかしそんなことはどうでもいい。クリスマスの当日、サー・オズモンドはサンタクロースなど毛ほども信じていない孫たちにぷりぷりしながらも、サンタクロースの恰好をしたオリバーにプレゼントを配らせる。そして自身は書斎にひっこむ。殺人が起きたのはその書斎においてである。クラッカーがけたたましく鳴らされたあと、サンタクロースの衣装を着たオリバーがサー・オズモンドの書斎に行くと、なんと彼はピストルで頭を撃ち抜かれているではないか。

さっそく地元の警察が捜査に当たるが、客たちはそれぞれに誰かをかばっているのか、みんな本当のことをなかなか言わない。しかも自分が犯人でなくても、自分に嫌疑がかけられそうな証拠があると、平気で隠滅をはかろうとしたりする。そのくせ警察を無能呼ばわりしたりする。今も昔も金持ちというのは手に負えない連中である。しかしそれでも少しずつ物的証拠が集められ、あらたな事実が判明し、しだいに犯人はしぼられていくのである。捜査に当たるハルストック警視監はなかなか有能な人だ。サー・オズモンドの知人ということもあるが、自分勝手でわがままな人々に辛抱強く接し、道理を説いて捜査の協力を求める。彼はエラリー・クイーンのように演繹的推理を展開して読者をはっとさせることはない。ひたすら事実を家族から収集し、最後にふと「こう考えればすべてに納得のいく説明がつく」と真実を見抜くのである。最後の章には犯人を特定する決定的な条件がいくつか提示され、その条件を満たす人物がたった一人しかいないことが示される。

イギリスの田舎の邸宅で殺人事件が起きる、というのはミステリの王道を行くシチュエーションだが、正直読むのは大変だった。なにしろ登場人物が大勢で、クリスマス・パーティーの最中、全員が家の中を動き回っている。誰がどの瞬間にはどこにいたという記述が延々とつづくのだが、それを屋敷の図面とにらめっこしながら確認していくと、えらく読むのに時間がかかった。しかも容疑者たちは最初から本当のことを言わないので、それをあとから訂正し考え直すのは煩瑣なことことうえない。しかし推理パズルが好きな人にはこの作品はたまらないのだろう。goodreads.com などを見ると、ずいぶん高い評価をしている人がいる。私は推理パズルはよほど出来がよくないかぎり、退屈に感じる。

前から気になっているのだけれど、この頃のミステリに取り上げられる遺書にはよく「私が死んだときに○○が未婚であれば××の遺産を与える」などという一項が登場する。本書においてもサー・オズモンドは末娘を自分の手許に引き留めておきたくて、そんな一文を遺書の中に書き記しているのだが、あんな古くさい条件はいつ頃まで用いられていたのだろう。