2015年8月22日土曜日

3 ジョン・T・マッキンタイア 「美術館殺人事件」 

The Museum Murder (1929) by John T. McIntyre (1871-1951)

洋の東西、知性のあるなしを問わず、他人に難癖をつけて怒らせ、その怒った表情を見て自らの鬱屈をはらすという、さもしい人々がいる。「美術館殺人事件」で殺されるのはそのような人間であって、私は彼が殺されたとき、何ら同情を感じず、かえって快哉を叫んだくらいである。見方を変えて言えば、殺された人物の嫌らしい性格が、彼が殺されるまでの短いページ数の中に的確に表現されているということだ。上手な一筆書きのように見事に特徴をとらえているからこそ、彼が死んだときに私は快哉を叫んだのである。

この作品の中にはずいぶん大勢の人々が登場するが、それぞれの個性が巧みに描き分けられている点には感心する。彼らの顔を思い浮かべることはできないけれど、その体型や、彼らが醸し出す雰囲気みたいなものが伝わってくるのである。主人公で探偵訳を勤めるダディントン・ペル・チャルマーズは若くて太っていて美食家で、人好きのする人物である。殺されたのはカスティスという男で、ダディントンとともにグレゴリー美術館の理事を務めている。彼は周りにいる人々を怒らせては口元を押さえながらくすくすと笑う男だ。いかにも陰湿な感じの人間だ。この美術館にはもう一人、ハヴィズという理事がいる。彼は画家でもあるのだが、濃い眉毛の下の眼には燃えるような光が宿り、ある種の熱情と芸術家らしい気まぐれさを持ち合わせている。またカスティスの秘書はその眼に退廃的な生活の澱がたまっており、シアネスという美術愛好家でもある大実業家は、自分の利得のためならどこまでも酷薄になり得る人間だ。そうした特徴が、類型的な表現をともないながらも、じつによく書き表されている。

粗筋を紹介しておこう。グレゴリー美術館は三人の理事によって運営されている。すでに述べたようにそれはダディントン、カスティス、ハヴィズである。このうちいちばんの嫌われ者であるカスティスが、美術館の閉館後に階段近くで刺殺される。なにしろ彼には敵が多いし、事件当日もいろいろな人に嫌がらせをして彼らを憤慨させているから、容疑者はたくさんいる。しかし誰が犯人であろうと、その動機は「憎しみ」だろうと警察は考えた。

ところが事件が発覚してからしばらくすると、美術館に展示してあったある名画が切り取られ、盗まれていることがわかったのである。どうやらこれは単純な憎しみによる犯罪ではないようだ。

この盗まれた名画には曰く因縁がある。この作品はずっと昔、シアネスという実業家が惚れ込み、なんとしても買い取ろうとやっきになったものなのだ。ところがシアネスと犬猿の仲のカスティスが嫌がらせをし、美術商やら関係者に手を回して、その絵を美術館の所蔵物にしてしまったのである。出し抜かれたシアネスはかんかんに怒った。

ところがここからシアネスは不可解な行動を取る。彼はカスティスの嫌がらせをすっかり忘れてしまったかのように、グレゴリー美術館に貴重で高価な美術品を寄贈するようになったのである。じつはシアネスのこの変節が事件を解く大きな鍵の一つとなる。

警察は事件が起きた夕刻から関係者全員を美術館に集合させ、一人一人尋問していく。しかし警察は美術界の内情を知らず、まるで見当はずれの男を犯人の候補にしてしまう。彼らは真夜中まで捜査・尋問を行い、その見当はずれの男を逮捕するつもりらしい。そこでダディントンは彼を救うために、真犯人捜しに乗り出す。犯人は美術館の中にいる誰かのはずだ。しかし時間はあまりない。はたしてダディントンは真夜中までに事件の真相を突き止めることができるだろうか。

話の筋はだいたいこういう感じである。事件の関係者が全員、美術館の中にいるという空間的な密閉感、真夜中までに真犯人を捜さなければならないという時間的な切迫感がサスペンスを盛り上げるのに役立っていることは言うまでもない。

マッキンタイアの作品を読むのはこれがはじめてだが、意外な面白さにびっくりした。単に謎を構成するだけでなく、小説の書き方をよく知っている人だと思った。ウィキペディアによると彼は一九三六年に Steps Going Down という作品で All-Nations Prize Novel Competition に入賞しているらしい。私はこの賞がどのようなものかまったく知らないけれど、小説家としてそれなりの実力を持っていたということなのだろう。Steps Going Down も含めてほかの作品もいくつか読んでみたい。